Profile - 年表・活動履歴
| 2011 |
2011年8月Methven Heliskiing, New Zealand's Southern Alps Tadahiro Yamaki,Takeshi Kodama, Mr.Tozawa (B.C.map) Photo by Hiroshi Konno(B.C.map) ヘリスキーの舞台となるのは、広大なラゲッド山脈とアロウスミス山脈。総面積1000平方キロメートルを越える広大な山々での滑走は、50年振りのパウダースノーだった。 |
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| 2010 |
2010年5月南米ボリビア・コルディレラレアル山域ペケーニョアルパマヨ(5370m)山頂より滑降成功。 コンドリリ山塊、ワイナポトシ(6088m)山頂から北西フェイスを滑降成功
→ ボリビア遠征報告会のお知らせ 3月アメリカソルトレイクへ。最新のスキー事情を肌で感じるためスノーバード、アルタ、スノーベースン等のスキー場を巡り、バックカントリーも攻める。 |
| 2009 |
11月 翌年のボリビア遠征に向けてのクライミングトレーニングのために再びタイに訪れる。3週間程滞在し、クライミングの鈍った感覚を取り戻す。 5月 日高山脈・エサオマントッタベツ岳にチャレンジ。天候不順と雪不足のためあえなく敗退 |
| 2008 |
5月 スカンジナビアスキートリップ。エビスフィルムの撮影でスウェーデンにてヘリ撮影、ノルウェーにて氷河キャンプ予定だったが、天候が優れずキャンプはなし。 |
| 2007 |
10月 チリ首都リマ近郊スキー場にてトレーニング
8月 雑誌「ブルーガイドSKI」の取材及び読者ツアー企画にてニュージーランドへ。キャンプは参加者定員となり、キャンセル待ちが出る程の盛況ぶりで大成功をおさめる。帰国2日後、パタゴニアに出発する。 |
| 2006 |
8月 雑誌「ブルーガイドスキー」の取材にてニュージーランドを再び訪れる。 5月 南米ペルー・ピスコ山滑走&アルパマヨクライミング遠征。世界一美しい山とされるアンデスの鋭峰、アルパマヨにアタックするため高度順応を兼ねてアンデス脈北東部・ブランカ山郡に的を絞り、アンデスの展望台と呼ばれるピスコ山(5752m)に登頂、滑降成功。続いて、アルパマヨ(5947m)南西壁、フェラーリルートを完登。しかしながら傾斜がきついため滑走は行わず。この体験にていつかはクライミングと滑走をミックスさせたものにチャレンジしたいと決めている。 1月 シーズンの活動がさらに活発となり、ヨーロッパ・スイス(ヴェルヴエ)にて撮影。またこの頃からゲレンデをベーストした「パウダースキーレッスン」なども本格化し話題を集める。 |
| 2005 |
11月 翌年のペルー遠征に向けてのクライミングトレーニング(ロープワークや登攀テクニック強化)のため、タイ・プラナーン地方に1ヶ月滞在。
2月 カナダ、ホワイトウォーターにて撮影。バックカントリーキャンプやイベント等に注力。 |
| 2004 |
8月 ニュージーランドにて撮影。雑誌「スキージャーナル」
1月 オーストリア・アールベルグやスイス・サースフェイ、ツェルマット等にて撮影。 |
| 2003 |
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| 2002 |
4月 アラスカ・バルディーズにてヘリスキー撮影。アラスカ・スクークン氷河にて氷河キャンプ&スキー遠征。氷河帯にベースキャンプを設置し、そこからのアプローチで斜面を選定し滑走。 1月 カナダ・レッドマウンテン、アメリカ・ファーニー、シアトル周辺にて撮影。 |
| 2001 |
3月 ロシア・パラムシル島スキー遠征。漁船をチャーターし、無人島であるパラムシル等へアタック、フッサ山山頂より滑降成功。 2月 カナダペンバートンにてヘリスキー撮影 1月 エクストリームワールドツアーへの参戦。第一戦カナダ・ウィスラー大会、第二戦アメリカ・スノーバード大会に参戦。雑誌、映像などの撮影に見習いとして参加。高評価で各メーカにスポンサー支援開始。 |
| 2000 |
3月 アラスカ・マッキンリー山(デナリ)6194m登頂滑降成功。下山後はまだ見ぬアメリカに想いを馳せ放浪の旅へ。コロラド4000m級の3座をこのときに経験。ユーコン川を下りアウトドアへの知識を深める。 |
| 1999-1975 | 山木氏語る「少年期」 |
2011年8月
2010年5月
2007年9月
2005年4月
2004年5月
2003年5月
